或る男

世界のすべてに絶望した男。

世界のすべてに絶望した男はひとり
淀んだ川を眺めていた。
世界で一番哀しい川。悪くない。

靴を脱ぎ欄干を乗り越え
橋のへりに立ち、空を見上げる。
厚い雲が一面を覆い、太陽は見えない。
悪くない。

「うふふ」
橋の上に少女がひとり立っていた。
「うふふ。おじさん、おくつ」
「ああ、いいんだ。おじさんはもう、靴はいらない」
「うふふ」
「おかしいかい」
「うふふふ。おじさん、へん」
「そうかい。へんかい」
「うふふ。へん。へんなおじさん」

男は欄干をもう一度乗り越え
少女の頭をひとなですると
脱ぎ捨てた靴を拾い上げ、川に放った。
淀んだ川に大きな波紋がひとつ。

大きな波紋をいつまでも眺めながら
うふふと笑う少女を背に
男は元来た道を裸足で歩いた。
へんなおじさん。悪くない。
(その後の活躍はみなさんご存知ですよね?)