つい踊ってしまった者

 「こぶとりじいさん」のことはきっと誰でも知っているはずだが、そのストーリィを皆さんは憶えているだろうか。私が「こぶとりじいさん」にはじめて触れたのは、幼稚園の授業のなかで聞かされたものだったと記憶しているが、私の通っていた幼稚園では、こと音楽・美術、つまり「おうた・おえかき」に力を入れており、こぶとりじいさんも国語的な触れかたではなく、件の「人の良い、ふとった、こぶ付きのじいさん」と「性格の悪い、やせこぶじい」の二種の描き分けをメインに取り扱うという「おえかき」要素のアプローチからであった。

 余談。この幼稚園は「おうた・おえかき」にやたら力を注ぐあまり、体育に関しては相当いい加減なことになっており、跳び箱やプールなど、一応触れて馴染んでおいたほうが良いのではないかと思われるものがなく、小学校に上がった時、他の幼稚園・保育園出身の者らの体育センスに、もともとそのセンスに大幅に欠ける私はずいぶんな差を感じた。さらに余談。その幼稚園の校歌(園歌?)は

おとぎのくにからバスがくる
たのしい○×ようちえん

 という歌い出しから始まるのだが、臆面なく信じてたもんなぁ。おとぎの国からバスが来た! ハラショー! と陽気に乗り込む我々園児を乗せたバスは、到着後は敷地内の広場にいい加減に停車していたような気が今となってはするが、こどもの想像力をもってすれば傍らのバスを消すことなど容易だ、ということだったのだろう。

 余談終わり。そんなわけで私は「こぶとりじいさん」について、横に長い(太い)じいさんと、縦に細長いじいさんの二人がいた、という割とどうでも良いところばかりを重点的に見ていて、肝心のストーリィがどういうものだったのかすっかり忘れていた。そんな折、デジタルリマスターによる再放送の始まった『まんが日本昔ばなし』で「こぶとりじいさん」が放映される、とラテ欄で知った私はこのことを思い出し、あらためてストーリィに触れる絶好の機会を逃すまい、と定時で会社を飛び出し、急いで帰路についた。

 はたしてストーリィのほうは……ご存知の方も多いかも知れないが、忘れてしまっている方のためにあらためて書き出すとこうだ。昔々、ある村に人の良い、陽気なじいさんがいた。このじいさんには頬に大きなこぶがあり、そのことについて近所の童子らに小石を投げつけられるなど嫌がらせを受けたりもしたが、なにせ人の良く陽気なじいさんなので、卑屈になるでもなく比較的楽観して暮らしていた。一方、同じ村に何の因果かもう一人、頬にこぶをたくわえたじいさんがおり、こちらのじいさんは対照的にひどく陰気で、童子の嫌がらせにもマジレス。猛然と喰ってかかるタイプ。

 ある日、陽気なほうのじいさんは夕立から逃れるうちに迷いに迷い、知らない山奥にたどり着いた。あたりはすっかり暗くなり帰ることのできなくなったじいさんは近くの切り株に腰を降ろし途方に暮れていた。すっかり暗くなった頃、どこからともなく祭り囃子が聴こえてきて、わらわらと恐ろしい鬼達が集まってきた。鬼のパーティー会場だったのである。じいさんは恐怖のあまり身を潜めて震えていたのだが、時間が経つにつれ生来の陽気な性格が顔を出し、気がつけばついフラフラと、祭り囃子のリズムに反応し踊り出てしまった。驚いたのは鬼のほうで、突然、人間が秘密のパーティー会場に乱入してきたことに、本来ならば怒りのあまり喰ってしまうところだが、にしてもこの陽気かつ素敵なダンスステップはどうだ。気がつけばじいさんはダンスフロアの中心で喝采を浴びており、宴もたけなわ、朝日を浴びる頃ようやく我に返ったじいさんが逃げ出そう(遅いよ)とすると、すっかりじいさんのことが気に入った鬼の長はひとこと、「おめ、明日も来いや。担保としてこの、頬にくっついた妙なやつを預かっておく」と言い、こぶを千切り取ってしまった。一目散で逃げ出したじいさんは途中で気がついた。こぶがなくなっとる! やったやったと小踊りしながら村へ帰っていった。

 その話を聞いた陰気なほうのこぶじいさんは次の晩さっそく、陽気な元こぶじいさんに教わった通りの道を行き夜が更けるのを待った。はたして鬼達は集まってきて、ダンスパーティーが始まった。しかしそもそも陰気なこのじいさんが上手くダンスを踊れるわけもなく、度胸もないのでなかなか鬼の輪の中に飛び出すことができない。やがて思い切って飛び出したは良いが、見事なリズム音痴ぶりに鬼達のテンションは否応なく下がり、パーティーは中断。鬼の長に呼び出されるじいさん。「おめ、昨日の奴と違うな。何かムカツクのでこのよく分からない塊はお前に、ホラ」と元こぶじいさんに付いていたこぶまでくっつけられてダブルこぶになり、泣きながら帰ったと。

 陽気なバカが少し得をした。このひどく示唆的なストーリィに、この歳できちんと触れることができた巡り合わせを嬉しく思い、つい長々と書いた。