藤原さん

供述書・1
 先々週の月曜、二十三時頃(見るともなしにつけていたテレビで「あいのり」を放送していたので)だったと思います。ひとり自宅でくつろいでいると突然チャイムが鳴りました。私は友達は多いとはいえないほうなので、こんな時間に誰が訪ねて来たのか、と不審に思いながら玄関の方に向かいました。インタホン越しに「どちら様でしょうか」と訊ねてみた所「自分は藤原ヒロシである」との返事が返ってきました。以前は私もお洒落に興味があったりしましたのでその名前には聞き覚えがありましたが、その藤原さんが何故、しかもこんな時間に我が家を訪ねて来たのか不思議に思いながらもドアを開けてみると、確かに藤原ヒロシさん本人でした。

 コンビニのビニール袋を両手に抱えた藤原さんは、ドアを開けるや「いや、疲れた!」「色々買ってきたよ」「トイレ貸して」と一方的に上がり込んで来ました。十分後トイレから出て来た藤原さんに「何故私を訪ねて来たのか」と質問したところ、急に私の肩に手を伸ばし「ままままま」「食おうよ。さっきの。かわはぎロール」とやはり一方的な態度で、勝手に冷蔵庫を開け、買い置きのビールを二本取り出し、私に乾杯を促しました。少々戸惑いながらも、普段雑誌等で見る仏頂面の藤原さんと違い、にこにこと楽し気な雰囲気に、とりあえずビール一本ぐらいなら、と腰を下ろしました。

 しばらく会話を続けるうちに、アルコールが入ったせいか私も段々と楽しくなってきて、ぎこちなかった会話も徐々にくだけてゆきました。藤原さんの人懐っこい笑顔とユーモアのある話はとても楽しく、「竹内力のメンチってさ、あれ笑ってるように見えるよな?」「昔、自分のCDを万引きしたことがある」「このベルト、欲しい?」「俺なら“85へぇ”あげるよコレ」「もやしばっか食べてるとさ、自分が草食動物か何かになった気分になんない?」と、私のイメージしていた藤原さんとはずいぶんかけ離れた愉快な話の連続に、時間を忘れ飲みかつ語り合いました。元々アルコールには弱いほうなので途中からの記憶は曖昧です。気がつくとちゃんとベッドの上で寝ていました。


供述書・2
 朝、目を覚ますとすでに藤原さんの姿はなく、食べ散らかしたゴミはきれいに片付けられ、テーブルの上に一枚の書き置きがありました。そちらの手紙は先日お見せしたとおり、ただひとことだけ、

「閃いた。ありがとう。    ヒロシ」

 と書いてあったきりです。一応筆跡鑑定で本人のものであると証明されています。彼が財布を忘れていた事は後日気付きました。ベルトは前述のとおり確かに本人から直接頂いたものです。当日の火曜日未明より事件のあった木曜日迄、藤原さんからは何の連絡もありませんし、当然こちらからの連絡もないです(第一、電話番号を聞いていません)。今になって思えば全てが夢の中の出来事のようでもあるし、たとえ夢であったとしても、一晩私を楽しい気持ちにさせてくれた藤原さんを恨む理由などありません。しかし木曜日の事件時刻に私がひとり自宅にいた事を証明するものは何もありませんし、凶器に使われたナイフも私のものです。ここ数年重い鬱状態にあることもあり自分でも胸を張って無実を証明する自信がありません。しかるべき場所で事実を確認したく思います。裁判の席にもこのベルトを着けて挑みたいと思っています。