あとがき

 世の中は本当に便利になった。というのも先日、プラズマテレビジョンなるものを購入したのだけれどもこれが大変調子がよく、巨大な画面に広がるチャンバラ活劇はこれ自分が斬られてしまうのではないかといった迫力で、ひっ。うわぁ。ぬぬぬぬぬぬ。けけけけけけ。など叫びながら観入っていると、時の経つのも忘れ、気付けば夜。といった具合で、飯を食うのも忘れ没入していたものだから少しく小腹が空いた。ちょっと饂飩でも拵えようか。てってキッチンへ向かうと、これも便利の世の中を実感することになる。なんとなれば、この自動湯沸かし器。ボタンを押しさえすれば随意に好みの温度の湯が飛び出してくるのであって、昔であればかかる真冬に冷水で食器を洗うなどという阿呆くさいことが出来るわけもなく、洗い場はじきに使用済み食器の山となり果てるのであるが、温湯さえあれば何の労苦もなく洗えるのでキッチンは常に清潔、即座に饂飩を茹がくことができるのである。吽。

 しかし便利なことは良いことばかりとうかれているばかりもおられず、なんとなれば私はこの一週間、テレビジョンに夢中になるあまり自宅から一歩も出ずへらへら笑いを浮かべているだけなのであって、さすがにこの儘では脳の端から阿呆になる。と賢明な私は即座に気付いた。書物の一つも読まんければ、てって慌ててピジャマを脱ぎジーパンをくんくんに穿き外へ出た。

 寒。直ぐに引き返そうと思ったが阿呆はもっと嫌だ。最寄りの書店へ駆け込み書棚から無作為に文庫本をば掴み出すと、初手から素晴らしいタイトルの本に出っくわした。書を捨てよ。町に出よう。強烈なインスピレーション、神がかりな、を感じた私は、レジのお兄さんに定額の小銭を叩っつけ颯爽と書店を飛び出した。先程までは寒いと感じていた北風も今は心地良い。これさえ読めば、もう俺は阿呆ではない。ような気がする。事実、町に出た俺はかかる素晴らしい書物を手に入れた。町へ出た俺が、次にやるべきこと。「書を捨てよ」。

 中空高く放り投げた書、鳶の様に舞って。

寺山修司・著『書を捨てよ、街に出よう』 あとがきより)