饅頭の花

 県道をただ歩く俺に向け飛び交う町の者らのがんばれ、がんばれという声援がどういう理由によるものなのかは分からないが、手を振り笑顔を振りまく俺。ぐんぐんぐんぐん歩いていると心も弾む。皆が応援してくれているのだ、と思うと心強く、更にペースを早め歩く。自転車を漕ぐ下校中の中学生男子と思しき集団からもがんばれ、との声が飛んだが、きっとこれはひやかし半分の野次のようなものだろう。お前等のほうこそがんばれ、と大きな声で答えてやった。更に歩く。

 そっちじゃありませんよ、と老人に声をかけられた。見ると、老人の立つ方向に細い路地。ああ、ありがとう。うっかり迷うところだったよ。少々足場の悪い細道に突入したところで靴を履き変える。背中のリュックから鉄製のスパイクを取り出し靴紐を結んだあたりでふとぼんやりとした疑問が浮かんだが、そんな無駄なことに思いをやる暇はないのだ。一刻も早く目的地を目指す義務が俺にはある。でなければあの町の者らの声援を裏切ることになる。第一、日が落ちてしまったらそれは大変だ。懐中電灯を忘れている俺に夜道はちょっと危険ではないか。少しペースを早め歩いた。ここから暫く独り黙々と歩くシーンが続くので割愛させて頂く。

 着いた。目の前に広がる数百数千もの饅頭の花。やっとたどり着いた。目頭の熱くなる思いで花畑に飛び込んで行く俺。リュックから鋏を取り出し根のほうから傷つかないよう丁寧に一本だけ摘む。五枚の花びらには、はっきりと「ま」「ん」「じ」「ゅ」「う」の文字。休む間もなく帰路につく俺。手に饅頭の花。