涼宮ハルヒの雪国

「……ウソだろ、おい」

 トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
 もちろん、今は四季の中で俺がもっとも避けて通りたい、なかったことにできるのならばそれに越したことはない、うららかな春をよりいっそう満喫するためにわざわざマイナス地点からスタートさせるためだけにこの季節は存在してるんじゃないかねとすら思える、つまり、真冬だ。真冬に雪国に来れば雪が降り積もっていることなんざ、飼い猫が急に喋り出してしまうようなことがもはや日常茶飯事となった現在の俺の生活の中で起こる現象としては、ノーマルすぎてほっとひと安心できる部類のものだ。それにしても降りすぎなんじゃないか。
 溜息も白い煙となって吐き出される。何も起こらなければいいんだが。

 少しずつスピードをゆるめる汽車は、国体クラスの腕前を持つカーリング選手にあやつられるようにピタっと信号所のあるあたりで停止した。すると、通路向いの席に座った、ちょうど俺の妹とおなじぐらい、いやもっと年下だろうか、小さな女の子がやおら窓を開けた。強烈なブリザード舞い込んできて俺のただでさえ少ないヒットポイントを容赦なく減らしてゆく。少女は寒さもものともしないチビッ子特有の活発さで窓枠から身を乗り出すと、ホームの向こうにいる人影に向かって大きな声で叫びだした。

「駅長さあん。駅長さあん」

 明かりをさげてゆっくり雪を踏んでいる男はマフラーで鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。しかし、少女の声はそのぶ厚い毛皮が音波を遮断しているのか、はたまたすっかり耳の遠くなったおじいさんであるのか、全く届いてない様子だ。少女はだんだんジレてきたのか、
「駅長さあん。駅長ー。ちょっと! バカ駅長!」
 こらこら、そんなぶしつけな言葉を使うもんじゃありませんよ。……まるでアイツの子供の頃を見てるみたいだ。やれやれ。美しい景色に見惚れているうちにあの忌まわしい年中暴風警報発令中のような、今は一つ向こうの四人掛け座席を占拠してグーグーいびきをかいてやがる誇り高き団長様のことはすっかり忘れかけてていたところだったのに。
「やはりあなたもお気づきですか」
 顔が近いぞ古泉。これが夏なら俺は脊髄反射のスピードでお前の顎に右カウンターを打ち込んでいただろうな。よかったな、真冬で。
「ご冗談を。それにしても、やはり変だと思いませんか。ここは明らかに、トンネルを抜ける前とは違う空間のようですよ。ここは異世界なのか、あるいは」
 またか。せっかくの冬休みなんだ、勘弁してくれ。
「あのう、ここはちょっと……あれ? そんなはずは……」
 朝比奈さんはもはやおなじみとなったうろたえ顔であたふたとしていらっしゃる。隣で石膏彫刻のようにじっとしているのはいつも通りの長門だが、珍しく眉をしかめるような表情をみせている。いったいここはどこだ。いや、ここは「いつ」の「どこ」だ。
「さっきまでとは違う時間平面」
 ……やれやれ。やっぱりただの慰安旅行では終わりそうにないってことか。
「トンネルを通過する間に、この汽車は八年の時間遡行をしている」
 三年前の次は八年前かよ。これは桃とか柿とかが関係してんのか。
「それにあの子」
 なんだ。あの元気すぎて羽根でも生えてそうな女の子か。
「そう」
 一体どうしたってんだ。たまたま乗り合わせた、ただの乗客じゃないってことか。
涼宮ハルヒの異時間同位体
 ちょっと待て、じゃあここに寝てるハルヒは一体。
「非常事態。起こしてはいけない」